自動車用などに使われる内燃機関のエンジンはその形式などによって独特な音や振動をもっているのですが、音や振動が異常な状態のことを「ノッキング」と呼びます。
ノッキングはガソリンエンジンで良く聞くのですが、ディーゼルエンジンにも「ディーゼルノック」という独特な現象があることはご存知でしたか。
今回はそんなディーゼルノックについてご説明していきます。
ディーゼルノックとは?
ディーゼルノックとはディーゼルエンジンで起こるノッキングのことを指しており、ガソリンエンジンのノッキングとは原因が違います。
そもそもノッキング(Knocking)とは扉を叩く(ノックする)時の音を指しており、自動車の場合には車に起こる金属的な打撃音や打撃的な音のことを指します。
エンジンで起こるノッキング以外にも車体で起こる音やトランスミッションで起こる音もノッキングと呼ばれており、ガタガタ鳴るような音です。一方エンジンノッキングはキンキン、カリカリと鳴る音が多く、その多くはエンジンの内部で発生しています。
そのうちディーゼルエンジンで起こる特有のノッキングを「ディーゼルノック」と呼んでおり、次のような特徴や音を持っています。
ディーゼルノックの特徴
一般的に呼ばれているディーゼルノックとは、エンジンの燃焼が不安定な状態のときに出る音のことを指しておりドロドロというような音の特徴があります。
ディーゼルノックの原因については後ほどご説明しますが、次のような寒冷地での始動時などに起きやすく、次の動画のような音となります。
なおノッキングとはエンジンから発生する異音の総称でもあり、ディーゼルエンジンから発生するノッキング音は他にもあります。
ですがそれらにはまた別の名称が付けられており、一般的にディーゼルノックといえばこういった音のことです。
ガソリンエンジンのノッキングとの違い
ノッキングはディーゼルエンジンだけではなくガソリンエンジンでも起こるのですが、実はノッキングの問題はガソリンエンジンのほうが重大なものです。
ガソリンエンジンのノッキング音は、エンジンから鳴るカラカラという音なのですが、これはエンジン内部でのガソリンの異常燃焼によって起こっています。
ガソリンエンジンは点火にスパークプラグによる火花点火方式を使っているのですが、シリンダー内の温度が高くなりすぎると燃料が自動的に発火する「自己着火」という現象が起こります。(仕組みの詳細は以下の記事をご参照ください。)
ガソリンエンジンのメリット3つとデメリット5つ!仕組みと将来性の特徴を解説!ガソリンエンジンでは起こってはいけない自己着火が正常な燃焼を阻害し、それが異常な圧力波となることでノッキング音や振動の増加につながるのです。
さてガソリンエンジンで起こる自己着火ですが、実はディーゼルエンジンは燃焼方式にこの自己着火を使っており、ガソリンエンジンで起きるガソリンノックはディーゼルエンジンでは正常燃焼となります。(仕組みの詳細は以下の記事をご参照ください。)
ディーゼルエンジンとは?仕組み/構造を簡単にわかりやすく解説!ディーゼルエンジンとガソリンエンジンは燃料が違うので性格には同じではありませんが、現象としては全く一緒です。
そのためディーゼルエンジンから発せられるカラカラといった音は正常な燃焼音なのですが、これがガソリンエンジンから発せられた場合には異常燃焼となります。
前述の動画でもドロドロという音に混じってカラカラという音も聞こえていたと思いますが、そちらは正常なディーゼルエンジンの音です。
なおディーゼルエンジンの音については以下の記事でさらに詳しく解説しているので、詳細まで知りたい方はこちらもあわせて参考にしてみてください。
(クリーン)ディーゼルエンジンの音の特徴!カラカラ音の原因と低減対策まで全て解説!ディーゼルノックの原因・要因
さてディーゼルノックの原因や要因についてですが、基本的には燃料の着火性が悪くなることがその最大の要因となります。
ディーゼルノックのメカニズム
ディーゼルエンジンは燃料の自己着火で燃焼するエンジンで、シリンダー内で燃料の温度を上昇させることで燃焼が始まります。
ですが状況によっては自己着火が不安定になり着火が遅れたりすると、燃焼タイミングのずれや空気との混合がうまくいかず、ディーゼルノックを引き起こします。
ディーゼルエンジンに使われる燃料は自己着火性の良い燃料が使われており、軽油がその代表なのですが、それでも状況によっては着火性が悪くなります。
燃料の着火が悪くなると正常なタイミングで燃焼が始まらないので、通常より遅いタイミングで燃焼が始まったりすると急激な燃焼が一気に起こり、これによって異常な圧力が発生します。
ディーゼルノックによって起こる音や振動はこの異常な圧力が元になって発生しているのです。また燃料はシリンダー内部に液体の状態で噴射されますが、その燃料は気化して空気と混ざることで初めて燃焼が可能な状態になります。
通常は高い温度で気化が促進されるのですが、温度が低い状態では気化がうまくいかず一部の燃料は燃焼できないこともあります。この燃料は燃え残りとしてPMと呼ばれる煤を生成してしまい、排気ガスの成分を悪くします。(煤問題の詳細は以下の記事をご参照ください。)
(クリーン)ディーゼルの煤問題とは?除去・洗浄や対策方法まで全て解説!ディーゼルノックは振動や音の悪化にとどまらず、有害物質の生成もしてしまうやっかいなものです。
ディーゼルノックの起こる状況
前述したようなディーゼルノックの起こる状況にはいくつか原因があり、次のようなものが考えられます。
冷間始動時
ディーゼルエンジンの燃料である軽油はガソリンよりも高い温度で凍結する特徴があり、気温の寒いときなどは着火性が大きく下がります。
(クリーン)ディーゼルの燃料は軽油?灯油やガソリンを給油しても走れる?またディーゼルエンジンに使う自己着火が温度に依存していることも関係しており、基本的にディーゼルエンジンは冷間始動時に着火性が悪くなります。
これらの要因から気温の低い季節などにはディーゼルエンジンの着火性が悪く、それに伴いディーゼルノックの発生が増加する傾向にあります。
前述の動画も冷間始動時のディーゼルエンジンをまとめたものであり、ディーゼルエンジンが苦手とする状況と言えます。
ディーゼルエンジンには冷間始動時の着火性を良くするためにシリンダー内を温める「グロープラグ」という電気ヒーターが付いていますが、それを併用しても冷間始動時にはディーゼルノックが生まれます。
また寒冷地向けの軽油は凍結しないように凍結防止剤が含まれており、これも軽油の着火性を悪化させる原因でもあります。
ですが寒冷地で軽油が凍結してしまうとエンジンの始動自体が不可能となってしまいますので、凍結防止剤の仕様はしかたないことでもあります。
こういった要因があるため、ディーゼルエンジンは冷間始動時や寒冷地においてディーゼルノックが出やすくなります。
粗悪な燃料を使用した時
もう一つ燃料の着火性を悪化させる要因としては燃料の成分の違いがあり、ディーゼルエンジンに適さない粗悪な燃料を使用した時もディーゼルノックは増加します。
ディーゼルエンジンの主要な燃料である軽油の成分には「セタン価」という指標があり、セタンという自己着火性に富んだ成分の割合で決まります。
セタン価が高いほど自己着火性が高く、エンジンに使用した時の着火性も良好なのでディーゼルノックを減らすことが出来ます。
ガソリンスタンドなどで給油できる軽油はセタン価の高い燃料であり、それを使っていればディーゼルノックが起こりにくい状況にあります。
ですがディーゼルエンジンは多少粗悪な燃料でも一応作動する特性があり、燃料代をケチるために粗悪な燃料を使っている例があります。
こういった燃料は軽油に他の油脂類などが混ぜられており、燃料代は安くなるもののセタン価が低下して着火性が悪化します。こういった軽油は不正軽油と呼ばれており、一昔前はかなり横行していたものです。
日本では普通に給油している限りはそういった問題は起こらないのですが、万が一不正軽油を使用したりすればたちどころにディーゼルノックが発生します。
その振動や音はエンジン作動中にはずっと出続けますので、その副作用でエンジンに大きな負担もかかって、エンジン故障の原因にもなるものです。いくら安いとなっても不正軽油は使ってはいけません。
なおディーゼルエンジンの燃料については以下の記事でも詳しく解説しているので、詳細まで知りたい方はこちらもあわせて参考にしてみてください。
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ディーゼルノックの対処法
ディーゼルノックに対する対処法に関してはこれまでも自動車メーカーがさまざまな対策を織り込んでおり、現在のディーゼルエンジンはほとんどディーゼルノックがなくなりました。
ディーゼルノックを技術的に解決する方法もいくつかあり、最新のクリーンディーゼルエンジンに採用されています。基本的には着火性を高めるための技術です。
クリーンディーゼルエンジンとは?メリット2つとデメリット3つ!仕組み/構造の特徴まで解説!グロープラグでの着火性改善
前述した冷間始動性を高めるためのグロープラグはディーゼルノックを減らすために昔から活用されている技術です。
グロープラグはエンジンの各シリンダーに一本ずつ装着されているヒーターで、バッテリーの電力によって電熱線を加熱するヒーターとなっています。
その使用時期はエンジン始動時に限られており、一度始動すればグロープラグへの電力供給はカットされます。
昔のエンジンではコンピューターなどによる電子制御化が進んでおらず、その頃にはチョークと呼ばれる始動性を上げるためのレバーが運転席についており、それを引いた時にグロープラグが稼動していました。
ですが現在のエンジンはコンピューターで完全に制御されており、グロープラグも外気温や吸気温度などの情報により自動的に作動します。
グロープラグはガソリンエンジンには付いておらず、ディーゼルエンジン特有の部品になっています。
高圧燃料噴射系による燃料の微細化
ディーゼルノック改善のために燃料の着火性を上げるのにもう一つ重要なのは急速に燃料を気化させ、空気との混合を良くすることです。
そのためにはできるだけ燃料を細かい霧状に噴射することが必要で、最新のディーゼルエンジンには高圧で燃料を噴射するシステムが採用されています。
「コモンレールシステム」と呼ばれる燃料システムはそれまでのディーゼルエンジンより大幅に燃料の圧力を高めた高圧燃料系であり、その圧力は20気圧にも達します。
その高圧燃料は専用のポンプで加圧されており、その高圧燃料を電子制御されたインジェクターに送ってシリンダーへ噴射しています。
インジェクターの噴射部は非常に細かい穴となっており、そこから噴射される燃料は細かな霧状となって着火性を改善します。
またインジェクターは電子制御によって一回の燃焼に対して何回にも分けて噴射させることもでき、一度に濃い燃料を噴射しないような制御も行われています。
これにより燃料と空気の混合はスムーズに進み、それとともに異常燃焼のディーゼルノックは減少します。
またそれとともにエンジン出力の向上や排気ガスの有害物質の生成を抑える効果もあり、現在のディーゼルエンジンには欠かせない技術です。
コモンレールシステムは2000年頃に成立した技術ですが、その後全世界のディーゼルエンジンに一気に広がり、現在ではクリーンディーゼルエンジンの標準技術となっています。
マツダのナチュラル・サウンド・スムーサー
国内メーカーでディーゼルエンジンを積極的に開発しているメーカーはマツダなのですが、そのマツダのディーゼルエンジンにはディーゼルノックを低減するための技術「ナチュラル・サウンド・スムーサー」という部品が搭載されています。
ナチュラル・サウンド・スムーサーはエンジンのピストンとコンロッドを接続するピストンピンの内部に設置される部品で、ピストンピンを中空にした内部には振動吸収のための棒状の部品が付いています。
マツダによればディーゼルノックの音や振動を発生させる原因はコンロッドの微小な伸縮にあり、ピストンピンの部分に振動吸収部品をあらたに付けることでコンロッドの伸縮を減らす効果があります。
ナチュラル・サウンド・スムーサーはマツダ固有の技術で、日本では経済産業大臣賞の受賞もした技術です。
この効果は最大で10dBもの騒音低減効果があり、振動や音が気になるディーゼルエンジンにおいてはとても効果の大きい技術となります。
なおマツダのディーゼルエンジンについては以下の記事でさらに詳しく解説しています。詳細まで知りたい方はこちらもあわせて参考にしてみてください。
マツダのクリーンディーゼルの評価が高い理由3つ!口コミも分析!ディーゼルノックの防止対策
ディーゼルノックは基本的にエンジンの設計で抑えられるもので、個人レベルで対策できるものではありません。
不正な燃料を使用しないのは当然ではありますが、世代の新しいエンジンほどディーゼルノックに対しては強く、古いエンジンを使用しないことが最大の対策です。
ですが個人レベルでもディーゼルノックに対してはある程度対策が可能で、セタン価を向上させるための市販の燃料添加剤を使用することができます。
これを使用すれば燃料の着火性を改善することが可能で、通常の燃料よりもディーゼルノックがでにくくなります。
値段は4Lで5,000円のものや1L 4,000円前後のものまで様々ですが、何れにしても結構高額のもので、ディーゼルノックが気になる時などに使用するためのものです。
日本の一般地域ではそこまでディーゼルノックが気になる事態はないので使う必要性が少ないのですが、古いディーゼルエンジンを使用する場合などには効果的なものです。
なおディーゼルエンジンについては以下の記事でも取り上げているので、興味のある方はこちらもあわせて参考にしてみてください。
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