エンジンの性能を表す数字にはさまざまなものがありますが、その中のひとつにエンジンの「圧縮比」というものがあります。
今回はエンジンの中でも圧縮比が特に重要なディーゼルエンジンについてご説明していきます。
ディーゼルエンジンの圧縮比
エンジンのスペックは車のカタログに様々記載されており、最高出力や最大トルク、燃費といったものが代表的なものです。
その中の一つに「圧縮比」という項目があるのですが、普通の人は燃費や出力は気になるものの圧縮比にはほとんど関心がないと思います。ですが圧縮比はエンジンの性能を決定する大きな要因のひとつで、エンジンの基本的なスペックなのです。
まずはそんな圧縮比の概要をご説明し、その後にディーゼルエンジンの圧縮比についてご説明します。
エンジンの圧縮比とは?
圧縮比とは内燃機関のようなシリンダー内でピストンが運動するエンジンにあるもので、シリンダー内の容積をピストンによってどのぐらい圧縮するかを表す数字です。
内燃機関の種類と仕組み/構造!外燃機関との違い4つと類似点4つ!将来性あり?!内燃機関のピストンは、シリンダー内に取り込んだ空気や燃料を密閉空間で圧縮する役割を持っており、最大限圧縮した段階で燃料に点火(着火)して爆発による大きな燃焼エネルギーを得ます。
その燃焼エネルギーをピストンで受けて往復運動を行い、さらにクランクシャフトでそれを回転運動に変換してエンジンとしての出力を得ているのです。
さてピストンでシリンダー内の容積を圧縮する大きさを表したのが圧縮比ですが、一般的に圧縮比は10や14のようなただの数字で表されます。
この数字が表すものは圧縮の割合であり、たとえば10の場合はピストンで1/10圧縮していることを表します。
もし圧縮前のシリンダー容積が1,000ccだった場合、ピストンで完全に圧縮した状態の燃焼室が100ccになると、1/10に圧縮されているので「圧縮比10」となるのです。またこの際ピストンが圧縮した容積は900ccとなるわけですが、この容積はそのままエンジンの排気量となります。
つまりエンジンの排気量はシリンダーの内径と高さ、および圧縮比によって決まっているのです。
圧縮比が及ぼす影響
圧縮比がエンジンスペックを左右するのは排気量だけではなく、エンジンの効率を左右する「熱効率」にも影響します。
熱効率とはエンジンの燃料が持つ燃焼エネルギーをどのぐらいエンジン出力に変換できているかを表す数字で、熱効率が高いほどエンジンの効率が高くなります。
熱効率を向上させる方法はいくつもありますが最も大きく影響するのが圧縮比で、内燃機関全般に言えることとして圧縮比が高いほど熱効率も高くなります。
簡単に言えば、圧縮が強くなればなるほどそこに着火した際の爆発力が大きくなるので、圧縮比の高いほうが燃焼エネルギーが大きくなり効率が良くなるということです。
熱効率の高さはエンジンのスペックも左右しており、基本的に熱効率が高いほど最高出力も最大トルクも大きくなります。
また同じ量の燃料で高いエネルギーが生まれるので、その分スペックを抑えれば燃料削減に繋がり、燃費の向上にも繋がります。
つまりエンジンの圧縮比は排気量を決めるだけではなく、エンジンの効率や基本的なスペック全てに関わる非常な重要なものなのです。
なお熱効率については以下の記事でさらに詳しく解説しているので、詳細まで知りたい方はこちらもあわせて参考にしてみてください。
ディーゼルエンジンの熱効率がガソリンエンジンより良い理由2つ!ディーゼルエンジンの圧縮比
圧縮比の数字はエンジンごとにさまざま違っていますが、エンジンの形式ごとに一般的な圧縮比の範囲というものがあり、ディーゼルエンジンの場合には14〜22となっています。
14はごく一部のエンジンのみで、現在のディーゼルエンジンでは18あたりがよく使われます。
ディーゼルエンジンは構造的に圧縮比が比較的高くなっており、同じ自動車用エンジンのガソリンエンジンと比較すると全般的に高いです。
ガソリンエンジンにも様々な機種がありますが、一般的には8〜14という範囲を取っており、14はごく一部のエンジンでだいたい10前後となります。
圧縮比にこれだけ差がある理由は後ほどご説明しますが、基本的にガソリンエンジンよりディーゼルエンジンのほうが圧縮比が高く、熱効率もよくエンジン効率が良くなる傾向にあります。
各自動車メーカーはエンジンを開発する時に圧縮比を設定しますが、特に決まった数字があるわけではなくエンジンの性能や要求仕様、時代などによって変化しています。
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ディーゼルエンジンの圧縮比が高い理由
ディーゼルエンジンはガソリンエンジンより高い圧縮比を持っていますが、それには構造上の特徴から理由があります。
燃料の圧縮着火に必要
ディーゼルエンジンはその燃焼方式に「圧縮着火」という方式をもっており、シリンダー内の空気を高く圧縮する必要があるので、ディーゼルエンジンは圧縮比が高くなければそもそも成立しないのです。
圧縮着火とは燃料の自己着火を利用した燃焼方式で、燃料がある温度に達すると自然に発火する現象を利用したものです。
ディーゼルエンジンの燃料である軽油は250℃前後の温度になると発火するのですが、シリンダー内の温度をそこまで上げるためにピストンによる断熱圧縮を利用しており、圧縮比が高ければ高いほどシリンダー内の空気の温度は高まります。
(クリーン)ディーゼルの燃料は軽油?灯油やガソリンを給油しても走れる?ディーゼルエンジンではその高温になった空気の中に燃料を噴射し、一瞬にして燃料は気化と空気との混合を行い、その直後に自己着火によって燃焼が始まります。
ディーゼルエンジンはもともと圧縮着火を実現できるように開発されたエンジンですので、圧縮比が高くなるのは当然です。
初期のディーゼルエンジンは燃料噴射の効率が悪く、安定した燃焼のためにシリンダー内の温度をより高くして圧縮着火が起こりやすくする必要があり、圧縮比は20〜22と高くなっていました。
ですが現在はコモンレールシステムという効率的な燃料噴射システムが一般的になったので、圧縮比18〜20ぐらいで安定して燃焼が可能となっています。
ガソリンエンジンのようなノッキングの問題がない
ディーゼルエンジンがガソリンエンジンより高い圧縮比を実現できているのは圧縮着火以外にも理由があり、「ノッキング」と呼ばれる問題が起こらないからです。
ディーゼルエンジンが圧縮着火で点火するのに対し、ガソリンエンジンはスパークプラグによって火花点火をするエンジンです。
ガソリンエンジンも圧縮比を高くしたほうがエンジン効率は高くなるのですが、ガソリンエンジンの場合は圧縮比を高くしすぎるとガソリンが自己着火する温度に達してしまい、本来の火花点火とは違うタイミングや燃焼形態で燃焼が始まってしまいます。
この意図しない燃焼を「ノッキング」と呼んでおり、基本的にガソリンエンジンでは設計段階で起こらないように圧縮比を抑えることが必要になります。
ノッキングはつまるところディーゼルエンジンの圧縮着火方式と同じ仕組みなのですが、燃料噴射のタイミングで燃焼タイミングをコントロールできるディーゼルエンジンでは、決して異常燃焼ではありません。
そのためガソリンエンジンでは実現の難しい高圧縮比もディーゼルエンジンなら実現可能で、より効率のよいエンジンとなります。
前述した熱効率に関しても、ガソリンエンジンは30%程度が限界なのに対しディーゼルエンジンは40%から50%も実現可能です。
ガソリンエンジンの火花点火はレスポンスに優れ、また低振動、軽量なエンジンとなるので、圧縮比が低くても以前自動車用エンジンの主流です。
ですが効率という観点から言えば圧縮比を一気に増やすことのできるディーゼルエンジンには及びません。
なおディーゼルエンジンのノッキングについては以下の記事でさらに詳しく解説しているので、詳細まで知りたい方はこちらもあわせて参考にしてみてください。
ディーゼルノックとは?どんな音?2つの原因・要因と防止対策まで全て解説!エンジン本体系が頑丈にできているため
これは理由としては逆説的になりますが、ディーゼルエンジンはその高い圧縮比や熱効率に対応するために頑丈なエンジン本体系を持っています。
圧縮比、および熱効率が高くなるとエンジン効率も向上するのですが、それはエンジン内部で発生する燃焼エネルギーが高いからです。
しかし高い燃焼エネルギーはエンジンのシリンダーブロックやピストン、コンロッド、クランクシャフトなどに大きな負荷をかけるものでもあり、それに耐えられるような部品にする必要があります。
具体的には部品の肉厚増加やリブの追加による強度増加であり、全体的にディーゼルエンジンはガソリンエンジンよりも頑丈で重量が重たくなります。
実はエンジンの圧縮比を高めることはそう難しいことではなく、既存のエンジンのピストンとクランクシャフトを繋ぐコンロッドを伸ばしてロングストロークにすると、圧縮比も高くなります。
ですがそれに伴う燃焼エネルギーの増加に対して耐えられる構造がなくてはエンジンとして成立せず、ヘタに圧縮比だけを高めてもエンジンの故障、破損の危険性が高まります。
ディーゼルエンジンとガソリンエンジンは圧縮比の違いも顕著ですが、それに伴うエンジン本体系の構造も必要であり、全く違った設計思想が必要となるのです。
なおディーゼルエンジンの頑丈さについては以下の記事でも解説しているので、詳細まで知りたい方はこちらもあわせて参考にしてみてください。
ディーゼルエンジンの寿命/耐久性は走行距離や年数だとどれくらい?ディーゼルエンジンの理想の圧縮比
ディーゼルエンジンの圧縮比は14〜22と結構な幅がありますが、理想的な圧縮比はどのあたりなのでしょうか。
これには圧縮比を高めることによるメリット、デメリットが関係しており、主に2つの方向性に絞られます。
高圧縮比ディーゼルエンジン
ディーゼルエンジンの基本となるのは高い圧縮によって圧縮着火を確実に起こすことであり、そのために一般的な流れは高圧縮比のディーゼルエンジンとすることです。
エンジンの効率については前述した通り圧縮比の高いほうがよく、また圧縮着火という方式からも圧縮が高いほうが燃料の状態によらず着火が可能となります。
前述でも触れましたが、昔のディーゼルエンジンは燃料の噴射がいまほど細かくなく、そのために20を超える高い圧縮比とする必要がありました。
最新のディーゼルエンジンではもう少し低くて18台が一般的となりましたが、これでもガソリンエンジンから比べると十分高圧縮比と言えます。
圧縮比が高いほうがエンジンの効率は確かに上がるのですが、一方でデメリットもあり、圧縮比が高ければ高いほどエンジン構造を頑丈にしなければならなくなります。
ですが頑丈で重たいピストンやコンロッドを動かすのはロスの原因となるので、むやみに圧縮比を高くしてもその分が損失で失われてしまうと本末転倒です。
また高い圧縮比ではエンジン内部の燃焼温度が高くなるので、ディーゼルエンジンの排気ガスには高温時に発生しやすいNOx(窒素酸化物)が増加します。
NOxはディーゼルエンジンの有害物質の中でも処理が難しい物質で、その処理のためにEGRと呼ばれるシステムや排気ガス処理装置の必要性が増してしまいます。
それらは当然コストに影響しますので、現在のクリーンディーゼルエンジンのほとんどはどんどんコスト増加が進んでいます。
ディーゼルエンジン車の価格/値段が高い5つの理由!コスパとしてはお得なのか解説!このようなデメリットはあるのですが、ディーゼルエンジンはなにより着火性の確実性が重視されることから、圧縮比を下げるというのは一般的ではありませんでした。しかしそこに一石を投じたのがマツダの開発した低圧縮比ディーゼルエンジンです。
低圧縮比ディーゼルエンジン
日本の中堅メーカーであるマツダは日本喉のメーカーよりもディーゼルエンジンに積極的であり、そのマツダが社運をかけて開発したクリーンディーゼルエンジンが「SKYACTIV-D」と呼ばれるエンジンです。
スカイアクティブD(クリーンディーゼル)とは?欠点2つ!不具合や故障が多く耐久性に難あり?!このエンジンの最大の特徴はディーゼルエンジンでありながら圧縮比が14と非常に低く、世界的な常識からはかけ離れた設計だということです。
それまでディーゼルエンジンの基本は圧縮比を高くしなければ燃焼できない、というものでしたが、マツダはそこを一から見直してギリギリ圧縮着火が可能な圧縮比を見極め、前代未聞の14という圧縮比を実現しました。
圧縮比14はそれまで世界のどのメーカーでも実現したことのない、量産エンジンとしては世界初の試みです。
そのメリットはディーゼルエンジンで重たくなりがちな本体系部品の耐久性を余り上げなくて済むことであり、機械的損失が減ったことでエンジン性能が向上することにあります。
14の圧縮比はマツダの設計では低圧縮による熱効率の低下と機械的損失の向上がちょうど良いバランスになる点ということで、熱効率が低下してもエンジンスペックは実際大きく低下していません。
また軽くなったピストンやコンロッドなどの恩恵によって、ディーゼルエンジンが苦手としていたエンジンレスポンスの向上も果たしており、走行感覚もよくなりました。
さらに高圧縮比のディーゼルエンジンで問題となったNOxの排出が大幅に低下したことで、SKYACTIV-Dは世界のメーカーの中で唯一現行の規制でもNOx処理装置がなくてもクリアできるほどになっています。
これはコスト面で非常に大きなメリットを持っており、マツダは比較的廉価なディーゼルエンジンを手に入れたことで一気にラインナップを拡大、日本市場でクリーンディーゼルエンジン車が再評価されるきっかけになったのです。
ですがデメリットもないわけではなく、熱効率の定価からスペックが総じて控えめになることや、ピークトルクの発生する回転数が少し高めという点があります。
また低圧縮比ではNOxは減る代わりに、不完全燃焼によって発生するカーボンの発生量が増加するので、今度はカーボンの処理が問題となります。
カーボンの処理にはDPFという触媒があってNOxほど処理が難しくはないのですが、マツダはこのカーボンの処理にはずいぶん苦労しています。
マツダはこれまでSKYACTIV-Dの搭載車を何度もリコールしているのですが、その殆どはカーボンの処理や堆積に対する対応であり、設計段階で想定された車の使われ方と現実に大きな差があったことがわかりました。
低圧縮比ディーゼルエンジンは技術としてはすばらしく、また性能面でもそこまで引けを取るものではないのはマツダの技術力が光ります。
ですがカーボンの問題は以前大きな問題であり、このコンセプトのエンジンの今後の課題ともなるでしょう。
なおディーゼルエンジンについては以下の記事でも詳しく解説しているので、詳細まで知りたい方はこちらもあわせて参考にしてみてください。
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